夢の歌
  
境い目の空(1)
「風がうるさいな……
 アリスはベッドの中でまどろみながら考えていた。
 ビュービューと不協和音で歌う風が、赤いレンガ壁の街並みを走りぬけていく。子供部屋の窓わくが、突風に押されてガタンと音をたてる。
 ときおり風がおさまると、階下に流れるゆったりとしたボーカル曲が、小さく耳に届いた。
「またパパたちがレコードをかけてる」
 お休みなさいのあとは、子供部屋のドアは閉められてしまう。深い響きを持った歌声だけが、かろうじて聞き分けられた。
「今日はなんの記念日だっけ」
 アリスは目を閉じたまま、ほほえみ合って踊る両親の姿を思い浮かべた。
「ここでママがくるっと回る……パパがキャッチ……風がうるさいな」
 窓わくがまたガタンと震え、曲がかき消される。アリスは眠りながら、歌詞のつづきを自分で歌った。
「知らない国の……知らない森へ……森は……風がビュービュー」
 夜の街全体が、吹きすさぶ風の叫びにあおられている。
「風に……ガタガタ……窓が……
 窓わくのガタつきはだんだん激しくなり、掛け金が揺さぶられ、フック受けから浮き上がり……


 バタ ――― ン!


「きゃあー!」
 アリスは悲鳴をあげて飛び起きた。カーテンは天井までひるがえり、人形や箱や紙など、部屋の中の細々した物が、風に吹き上げられて部屋じゅうを飛びまわっている。
「パパー! ママー! 大変!」
 両びらきの窓が開いて風に暴れ、バンバンと壁を叩いている。
 アリスは足にキルト布団をからませながらベッドを降り、空気のかたまりを押し返すように、じりじりと窓を目指した。
「パパー! ママー! 窓……
 突風によろめく。と、ひきずったキルト布団が風をはらんでブワリとふくらみ、
「あっ!」
 アリスは足をすくわれたまま風に舞い上がった。


「ちょっと……ウソ」
 目の前を、本やおもちゃや、フタの開いたカバンが飛びすさっていく。アリスもそれらと一緒に、部屋の中をぐるぐる飛んでいた。
「わわ、ぶつかる……!」
 とっさに身をかばうこともできないまま、上へ下へと吹き踊らされる。壁に叩きつけられることはなかったが、風の渦巻く先では、開いた窓に向って、小物たちが吸い込まれ始めていた。
「ええ――! そんな!」
 あっという間の一瞬にも必死に手をのばしたが、指は窓わくの木と外壁のレンガをさっとすべり、アリスは青い空に放りだされた。


 風がおさまり、ふたたび階下から歌が聞こえ始めた。うす暗い部屋に、女の子らしく飾りつけられた小物たちが浮かび上がる。
「きれいな青空……あれ、今って夜じゃなかったの? ここって雲の上? なんで歩けるんだろ……
 静かな部屋でキルトにふかふかと収まったまま、アリスは寝言を言った。