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カルサレス卿の獄中記(1)
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 遠くから来た旅人ほど、嘘が大きいという。
 それが遠方であれば、話の真偽を確かめられる者は大方その場にいない。ちょっとした異国ばなしをせがまれているうちに、語り手はつい話を膨らませてしまうのだろう。
 今この窓の下で繰り広げられている光景が、ちょうどそれだ。
 砦の中庭である。
 交替を済ませた歩哨が、五〜六人車座になって焚き火を囲み、夕めしの粥をかきこんでいる。
 がやがやした話し声は入り混じらず、塔の壁をまっすぐかけ登ってくるので、最上階にある私の独房からも、内容がよく聞き取れた。
「そこでオレは、奴をじいっと見ながら考えたね」
 男たちは傭兵の常として互いに武勇伝を交換し合っているのだが、中のひとりの話がどうもうさんくさいのだ。
「さて、こいつはどっから見ても人間だが……」
 言いさして中空を見つめ、匙(さじ)のお尻でぼんやりと額を掻く。
「ゆうべ仲間を食い殺したオオカミも、額にこんな傷がなかったか?」
 一気に声を大きくすると、“やあだ、おっかない”と女の声が上がった。下働きの女たちは粥の鍋を運んでいて、鍋の腹がごとごとんとぶつかり合う。
「ツオダイの半人半獣の化け物っていうから、あたしらてっきり体が半分こに人と獣なんだと思ってた」
 脅かしの反動で、女たちは沸き立つように騒いでいる。男は満足気に匙をなめた。
「そんなもんは年寄りの昔語りか市の日の見世物だろ。暗い幕屋ならまだしも、道で会ったら笑っちまうよ」
「あっは、ほんと」
「オレは本物に出くわしちまったの。いい天気のまっ昼間、人間さまのフリして歩いてる奴にね」
 男のしゃべり方には独特の訛りがあり、口の端から息がしゅうしゅうと漏れる。反応を見てひと呼吸待ち、流れを探る様子なのがまたいやらしい。そして話の肝にかかると、西方趣味に波打たせた髪をわさりと打ち払うのだ。
「いやゾッとしないもんさ。頭の毛がぜんぶ逆立ったね」
「長い毛ねえ、ご飯のときはまとめたら」
「よう、こっちもう一杯くれ」
「はあい」
 どこでもこんな話をして女の気を引いているのだろう、聴衆の興味が薄れていく気配も敏感に察して、男はパチンと指を鳴らした。
「あっちじゃいよいよご領主のおふれが出てさ、一匹退治すりゃ金貨ひと袋、巣穴見つけりゃ金貨三袋って、相場までキチンと決まってるわけ」
「んまあ」
 金の話になると女は驚嘆したがるもので、勢いのまま、木じゃくしが粥をどぶんとすくいあげ、男は上機嫌でお代わりの椀を出した。
「あたし、金貨って見たことないわ。チーズみたいに黄色いの?」
 別の女が言って、湯気の立つ何かをカップに注いでやる。男は内緒の告白のように身を乗り出した。
「オレは金貨より、あんたの髪の色のほうが好きだがね。赤毛さん」
 ひねりのないお世辞でも田舎娘にはてきめんで、赤毛嬢はもじもじと黙り込んでしまった。
「で?  お好きでない金貨は、一体いく袋もらえたわけだい」
 兵士のひとりが言った。女ウケを狙いすぎて、仲間からはそろそろ煙たがられ始めたようだ。見事に化け物を退治して、たっぷりの金貨で報われたのなら、こんな遠い国まで来て、うだつのあがらない傭兵稼業を続けているわけがない。
 男はまたぶるんと髪を振った。
「それが、惜しいところで取り逃がしてなあ。シッポをつかんでぶった斬ったのを、お役人のとこに持って行ったんだが、ああ、銅貨一枚投げられたっきりさ」
「そいつはシケてる」
「仔豚のシッポだってもうちょっとするぜ」
「焙(あぶ)っておやつに食っちまやよかった」
「毛皮を剥いでさ」
 てんでにくさす口にも動じず、西方男は“全くその通り”と聴衆を見渡した。
「後から聞いた話だが、その役人ってのがコスい野郎で、巻き上げた獣人のシッポで愛人の襟巻きを仕立てさせた」
「はあん」
「怒り狂った奥方が、半分獣と化したってさ」
「うはは」


 焚き火の炎が賑やかに踊る。どの笑顔も火明かりの内側を向いており、頭上を気にする様子はなかったが、私は手の中で笑い声を殺した。
 なんとも調子のいいことだ。毎晩耳にするバカ話の中ではあの男の異国譚は出色の聞き応えで、話しぶりも巧みだったが、計ったような間合いがかえって鼻につくきらいがあった。要所要所で髪を打ちやる仕草もいけ好かない。笑いすぎてよろける赤毛嬢を大げさに支えながら、ほらまた頭を振った。そんなに邪魔なら切ってしまえ、いもしない獣人のシッポをちょん切る前に。私は大きく舌打ちをした。そのとき、
「旦那からひとつ言っておやりになりゃどうです」
 背後から陽気な声がかかって、私は急いで首を引っ込めた。


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