作家として誘われたことを話したら、勝史は「さすが天才」とうなった。
「鋭いよなあ。やっぱ、やめる瀬戸際になってる感じって分かるのかな」
僕らは「煉獄」でテレビに出られなかったら解散しようと話していた。
三ヶ月前の電話で、勝史のオヤジさんが仕送りの打ち切りを宣言した。ブサイクな子ほど可愛いとは言え、バイトやら先輩芸人の使い走りやらで、全く芸能活動らしきことをしていない様子の僕らに、業を煮やしたとのことだ。
予備校をやめて事務所の養成所に入るとき、予備校に払った入学金を中途解約する方法まで調べて、僕の親を説得したのは勝史だ。オヤジさんはそのことをずっと負い目に感じていたという。
「お前らまだテレビにも出とらんし、うちのレジで使ってやるから帰って来い。中途半端に顔が売れる前に」
仕送りなしでだってやっていけるとタンカを切るつもりがこう言われ、女の子に告白して玉砕したばかりだった勝史はぺっちゃんこになった。一方コンテストでの予選敗退に打ちのめされていた僕は、キレるように奮起した。
「テレビに出ちまえばいいんだろ! 酒屋のレジでなんか使えない、ツブシのきかない芸人になったろうぜ!」
実際のところ、あの程度テレビに映ったぐらいでは、僕らの生活は何も変わっていない。店内BGMばかりが騒がしいレンタルショップで、平和にレジを打てている。
深夜シフトのバイトが明けて、僕は勝史の家のリビングに正座していた。座卓の向こうのオヤジさんは、僕の存在を無視してニュースを見ている。
オフクロさんを味方につけて在宅を確認し、菓子折りは何にしようとか、服もジャージじゃマズいよなとか、あたふたしながら勝史と二人、私鉄に一時間揺られてやって来た。結局ジャケットとまでいかなくてもシャツのボタンは上までとめた。丸っきり「お嬢さんをください」シチュエーションにいる自分が面白すぎる。
僕はじりっと膝で進み出た。いっそとことん芝居がかってやれ。カーペットに置いたビデオテープを、片手でスッと押し出す。
手土産は、菓子折りじゃなくこれにした。僕らのネタがオンエアされた「煉獄」の録画だ。DVDプレーヤーは持ってないと聞いて、事務所でビデオに落としてもらった。
オヤジさんはむっつりとテープを一瞥した。
「テレビで見た」
密書を運ぶ足軽のように、「ハハッ!」と頭を下げたい衝動をなんとか抑える。
「まあテープはもらっとくけども。母さんが舞い上がって滋賀の親戚に電話してしまっとったから」
ハハッ! 関東ローカルですみません。
「でもすごいわ。百組も応募した中からベストテンに選ばれたって?」
主に僕に向かって話しながら、オフクロさんがお茶を並べる。内容が色々大きめになってるが、訂正はしない。
僕はカーペットに両手を突いた。土下座の前段階だ。
「僕ら、ああいう感じでやっていこうと思うんです。なんか分かりかけたような気がするんです」
漠然とした表現しか出てこなくて歯がゆい。天才と話した内容がひとつも思い出せない。
「正統派ってだけじゃ僕らのカラーにならないって分かったんです。まくしたててお客を圧倒するんじゃなくて、もっと客席に近づいてくっていうか、じっくり呼吸を伝えていく笑いを」
「は、いーっちょまえに」
オヤジさんはガシと湯呑みをつかみ、お茶が指にこぼれた。ちょっと息を飲んでいる。結構熱かったらしい。
「これが自分のスタイルだーなんて、大概ただの思い込みなんだわ」
「お父さん、はい」
オフクロさんが座卓越しにおしぼりを差し出した。剣先を殺す絶妙の間合い。学ばねば。
オヤジさんはむすっとしながら湯呑みを置いた。指からしずくが垂れている。
「こういう笑いをやるんだーなんて、そんなもんにとらわれとるから周りが見えなくなるんだ。お前らのスタイルなんて、俺から見たらまだまだ浅いわ。分かるか。浅い」
僕と勝史はうなずきながら聞いていた。顔が上げられない。
――― ある特定の作風にばかりとらわれすぎている。これが自分のスタイルだと勘違いしているのでは? 浅い考えでスタイルを決めてしまわず、もっとさまざまなアプローチから句作に挑んでみてください。
勝史が以前、「笑えるんだぜ、コレ」と言って俳句の機関誌を見せてくれたことがあった。一般の部の選評で、オヤジさんの投稿作が、ペッタペタにこき下ろされていた。
「まあ、さまざまなアプローチから挑んでみたらいいわ。楽しみにしとるから」
オフクロさんがそう言って、僕と勝史とオヤジさんは黙ってお茶に手を伸ばした。
お茶を含んだら吹き出しそうで、オヤジさんは猫舌で、僕らはひたすら湯呑みをフーフーし続けた。
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男は黙って おわり