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『おはなし聞かせて』  作 / 歩く猫
 宇宙人はいるかって?
 この仕事をしていて一番多い質問だ。皆、この世界の混み具合が気になるんだろうね。
 目下のところ、僕らの解析望遠鏡が宇宙からの無線信号を検出したという事実はない。無線活動を行えるほどの発展を遂げた知的存在は、見回す限りいないってことだ。
 …… がっかりしているね。
 じゃあちょっと、何もない真っ暗な場所を思い浮かべてみて。
 全く何もないってわけじゃない。ある程度の量のガスやちりが、たまたまそこにあるとする。
 それが何かの拍子にたまたま集まり始めたとして、固まりを形成するに足りるほどまとまってきて、それが太陽くらい大きな恒星になれたとする。
 恒星の大きな引力によって、ずっと遠くにあった他のガスやちりも引き寄せられて来る。大部分はそのまま中心部に引きずり込まれてしまうけど、運良くその前にぶつかりあってまとまっていく一群もある。
 さて、恒星の引力にも負けないくらいの遠心力を得た、一部の岩石のかたまりが、徐々に惑星クラスの大きさに育っていったとして、近すぎて恒星の熱に灼かれることも、遠すぎて凍りつくこともないちょうどよい距離に惑星軌道を落ち着かせる、そんな確率自体、とても低いはずだよね。
 そんな惑星上に、あるとき泡のような生命が生まれたとして、気候変動なんかですぐに滅びてしまうかもしれない。たまたま変化に対応できた幸運な種がいたとして、知性を育てる可能性を持った生物が出現するまでのあいだには、呆れるほどたくさんの事件が起こる。授業で習ったろ? 隕石の衝突、惑星規模の環境変化、しっちゃかめっちゃかの大騒ぎをかいくぐって進化を持続させようと思うなら、ありとあらゆる存亡の危機を、常に紙一重のところで切り抜け続けていかなきゃならない。さあ、そんな運まかせの筋立てが、夢物語以外で、本当にあり得ると思う?
 あり得るよ。
 自分たちの他に知的生命体はいるのだろうかと、広い宇宙に思いを馳せるまでに進化を遂げた僕ら地球人こそが、そんな気の遠くなるようなおはなしが現実にあり得るってことの、生きた証だ。つまり、宇宙人は君だ。
 …… がっかりしているね。
 だって、考えてもみてよ。そんなわずかな幸運を引きあてる生命体が、この広い宇宙にもう一種族現れるってことは、何もない荒野を歩いていてたまたま拾った指輪が、はめてみたら自分の指にぴったりだったってくらい途方もない確率だ。そんな偶然の重なりが、作り話以外で、本当にあり得ると思う?
 あり得るよ。
 荒野のなかのその場所を、かつて何者かが通ったのなら、同じ道を通る別の誰かがいたっておかしくない。きっとそこは、旅をするには歩きやすい道なんだ。
 そして、そこを特に「歩きやすい」と判断するような、似かよった価値観を持っている者同士なら、指の大きさやなんか、身体的な特長が似ている確率はとても高い。指輪がぴったりなのは偶然でも何でもないんだよ。
 ありとあらゆる困難を乗り越えて進化を遂げ、知性を持つに至った生き物が、たとえ一種族でもいるのなら、同じ道をたどる別の存在が絶対に現れないなんて、誰にも言い切れない。違うかい?
 元気な返事だ。いいぞ。
 まあ、荒野で最初に指輪を落としたのが、何百万、何千万年昔の人かは知らないけどね。
 …… がっかりしているね。
 しょうがないさ。今この瞬間に、どこかで誰かがその惑星初の無線装置をチカッと言わせたとして、僕らがそれに気づくのはずっとあと、彼らの文明がすっかり滅びてしまってからかもしれないんだ。空間的な隔たりは、そのまま時間的な隔たりに等しいわけで …… ああ、これも授業で習ったかい。そんなうるさそうに言うなよ。
 うーん、指輪の落とし主に会いたいのか。ファーストコンタクトだね。じゃあこう考えて。
 せっかくぴったりだったんだから、その指輪はもらっちゃえ。
 …… がっかりしているね。
 申し訳ないけど、子供科学相談室の電話オペレーターに言えることったらこの程度だよ。
 自分なりの考えはないのかって?
 確かに、地球外生命体について毎日同じような質問を受けていると、子供向けの科学解説以外に、色々考えてみたりもするね。空間的にであれ時間的にであれ、僕らの一番近くに存在するはずの宇宙人。
 宇宙人? 地球外生命体? 彼らのことを何と呼ぼう。
 彼ら自身は、自分たちの住む星のことを何て呼んでいるんだろうね。結局僕らと同じ「地球」みたいな言い方をするのかな。だったら、僕らはお互いに「地球人」だ。ちょっと面白いな。
 ベルが鳴った? 冬眠装置の作動カウントダウンだね。あと少しでこの船も自動航行に切り替わる。目が覚める頃にはもう銀河の次の腕に来ているよ。今度こそ、居住可能な惑星を見つけることができるだろうか。ぴったりな指輪が見つかるといいね。
 きっとあるはずだよ。テラフォーミングもドーム施設も必要ない、星の組成そのものが僕らに馴染む、ぴったりの場所が。そこなら、よそ者の僕らでも惑星生態系の一員になれる。小手先のテラフォーミングで惑星環境をねじまげたり、隔絶されたドーム施設のなかに人工の地球型環境を作り出したりするより、ずっと軽い負荷で環境に割り込むことができるんだ。
 科学者たちによれば、僕らがたどりついたとき、そこに僕らと同程度に進化した知的生命体がちょうど繁栄してる真っ最中だって確率は、とても低いんだそうだ。下等な動物社会の萌芽があるという程度か、すでに文明が滅び去ったあとか、どっちにしろ押しかけ移民の僕らがその惑星を占有するには、知性のある先住者がいないほうが都合がいいよね。
 文明の成熟にちょうど間に合って、異星人と接触してみたい? 実は僕もさ。ビデオドラマでよくある「我々は地球人代表の和平使節です」を実際に言えるなんて、ワクワクするじゃないか。
 相手が好戦的で、ドラマを地で行く宇宙戦争なんかにはならないといいね。僕らは丸腰の移民船だもの。兵器なんか積んでないし、循環エネルギーは生命維持に回さなきゃもったいないよ。先の見えない長旅なんだから。
 ―― 先が見えないって言えばさ。
 噂だけど、解析望遠鏡はすでに知的生命体の存在を確認しているって話だ。科学者たちは傍受した無線の内容から異星人たちがたどる未来を高い確率で割り出していて、冬眠航行で僕らが到着するまでに、惑星はガランとした空き家になってるだろうって目算があるとかないとか。噂だけどね。冬眠のあいだ一切の無線機器の使用が停止されるのも、これから科学技術時代の幕開けを迎える彼らがこっちの無線活動に気づいたりしないよう、気配を消して近づくためだとか何とか …… 噂だよ。
 何だか卑劣な感じがする? まあそうだけどさ。
 言ったろ。生き物が住むための条件を備えた惑星ってのは貴重なんだ。いくら冬眠航行の技術が確立されて、ライフサイクルをちびちびと使いながら旅ができるようになったからって、そうのんきに構えてもいられない。機会は逃さずとらえていかなきゃ。
 おっと、もう電力を落とすぞってベルが急かしてる。次の活動期まで、この子供相談室もしばらくはお休みだ。しっかり休養を取ってから、また話をしようよ。
 もっと聞いていたいって? ウケたのは嬉しいけど、困ったな。
 解析望遠鏡については、あるときから情報が制限されるようになったんだ。とある天文ファンが勝手にメッセージを送ってしまったせいだって言われてる。まだ精神的に発展段階だった異星人たちの社会に、パニックが起きたんだって。
 交信の往復にはいちいちタイムラグが挟まるから全部あとになって分かったことなんだけど、圧倒的な科学知識を持つ僕らとの会話は、彼らにとって大変な魅力があったらしい。惑星代表の主導権を巡るかなりえげつない戦争が続いて、旅程を終えた僕らが冬眠から覚めてみると、せっかくの居住可能惑星がすっかりダメになってたって話。
 僕らが深宇宙からの電波解析をしながら旅をするのは知的生命体を求めてじゃなくむしろ避けるため、異文明との衝突を回避するためだったんだね。
 もちろん移住計画も一から仕切りなおしさ。その天文ファンは市民権を停止されて、どこかの独房で社会奉仕のペナルティーを負わされてるんじゃないかな …… 子供科学相談室の電話番とかね。
 ちょっとゾクッとした? なかなか寝ない子にはこの手の怪談が一番効くなあ。ごめんごめん、怒らないで。冗談だよ。もちろんね。 …… ふふ。
 さあベッドに入って。では、よい冬眠を。新たな活動期に備え、脱皮のための新しい鱗が、つつがなく生え揃いますように。


(おはなし聞かせて おしまい)
お付き合いありがとうございました!
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